ちょっとこの話題がつづきます。
春シーズンに起こることでした。
卒入学式が近づくと、学校が少し憂鬱になる瞬間がありました。
式次第を決める職員会議で、管理職から日の丸・君が代提案が必ずあり、毎年決まった教員が反対意見を言って、採決へ。
管理職を目指している教員は校長を支援する発言をしなければなりません。
大抵、採決で管理職提案は否決され、校長は、
「私の責任でやらせてもらいます」
と、締めくくる。
大昔は、学校によっては、当日の実力阻止行動もあったりしましたが、直にそんなことはなくなり、やがて、前述のような春の職員会議の形式的なやりとりが残り、そして、今はそんな会議もなくなりました・・・。
国旗国歌法制化もありましたが、この問題に強い意志で闘おうとしていた教員がみんな現役を退いて消えたことが一番大きな理由でしょう。
一人とか二人とか、最後まで闘おうとしている方々は、まさに“絶滅危惧種”となったのです。
全国的に見て、この問題はもう終わってます。
ですから、大阪で起きていることの目的は、別のところにあるのでしょうか?
30、40代の世代は、日教組に代表される教職員組合が、まだ学校現場で影響力を持っていた頃に生徒だった世代です。
先公(せんこう)という言葉を使ったぎりぎり最後の世代ですか。
基本的に教員のことが嫌いな世代です。
「日教組は子どもを甘やかして育てた。だから日本の若者は駄目になった」
「生徒が一所懸命頑張っても、日教組っぽい先公は、全然関心もなく、自分たちが怠けることばかり主張してた」
こういう声が聞こえてきそうです。
これは事実であった部分もあると思います。
それと、社会全体も、まだ様々な“不純物”が混濁していた時代でもありました。
当時新任教員になった私も、驚くことが結構沢山ありました。そして、それに疑問を持って、時には反発しても、場合によっては、“ソーカツ”されてしまうので、5年もすれば、だいたいその雰囲気に馴染んで行ったものでした。
でも、今、そんな学校は、私の知る限り、ありません。
もしかして、大阪にはこんなクラシックカーみたいな学校がまだ沢山あるのでしょうか・・・?
だとすれば、維新の会が学校を締め上げることに拍手喝采する市民が大阪には多く、集票の手段として有効なんだろうとは想像できます。
ただ、全国で考えた場合、どうなんでしょうか。
これは、学校を擁護するとか、弁護するとかでなくて、客観的に言えると思うのですが、今、学校の教員は相当に背伸びをして仕事をしていると思います。これから若い教員が再び増えると思いますが、若い人たちに期待したいです。
今は、一所懸命になり過ぎて神経を病んでしまう教員が増えて深刻化しているのが現実です。
古い伝統を次々消し去る今の日本の在り方を考えると、絶滅しかかっている極少数の人たちの理念は、免疫用ワクチンとしてどこかに保存しておくべきではないかと思うのですが・・・。