横浜発の話題です。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20121027-00000039-kana-l14
一般の方々も、そろそろ「おかしいなぁ」と感じはじめるかも知れません。
この話題も教育行政発です。
少し違う側面から考えてみました。
成績処理→通知表発行は、3通りの方法があります。
①すべて手書き
②データはパソコン処理、通知表は手書き
③データ処理、通知表発行、全部パソコン処理
今回の話題は、
「子どもを傷つけるような記載ミスを防ぐため」と、新聞記事では「実際より低い評定を書き込むなどの誤記載が発覚・・・」とありました。
“傷つける記載”と“評定のミス”は同じ文脈なのか分かりませんが、通知表発行の3分類を当てはめて、評価を加えれば、
①すべて手書き
→ペンを握って文字・数字を書く担任教員のうっかりミス。大事な通知文書の記入を間違えるほど(ゆっくり点検できない)多忙の可能性=保護者事前点検などを入れると余計に多忙になる。
②データはパソコン処理、通知表は手書き
→データ処理の時点での入力ミス、システムの不具合、又は正確であるデータを担任教員が手書きで転記する際に間違う=パソコン作業に問題があるなら、そちらの不具合を改善すれば「事前点検」などは必要なくなる。手書き転記に問題ある場合は①と同じ視点が必要か。
③データ処理、通知表発行、全部パソコン処理
→基本的にシステムに問題あり。入力ミスであるなら“ダブルチェック”によって劇的に改善される=これだけ教務IT化もすすんでいるので、ヒューマンエラーばかりに目くじら立てずに、ミスの起きないシステムを追究して手当していくべき。
さて、横浜の話の詳細はよく分かりません。記載ミスというのが、児童・生徒の所見のようなものだとしたら、これは担当教員の語彙不足が原因でしょう。直接的生徒指導の場面でも、教員の発する言葉で、かえって保護者を怒らせてしまう先生もいますから。
ただしかし、「事前点検」というのはどうなんでしょうか・・・?
どこかで起きたミスを一般化して、問題の起きていない多数にも加重な仕事を増やすのが教育行政のスタイルでは・・・、
結果として、言われたことだけをやる学校現場・・・に。
このニュースをあえて現場的解釈で受け止めるなら、通知表は子どもの“成果”を通知する手段と考えれば、実際は、学期末までの間に、教育活動の中で様々なかかわりがあるわけで、その“かかわり”を包括的に点検ととらえれば、通知表の記載ミスは、まさに修正すれば良いだけのミスであって、“心理的に大騒ぎ”するような性質にならないと思えます。
つまりは、その“かかわれる”時間の減少に問題の本質があるのではと想像できます。
どんどん現場力が失われ、現場の問題解決のための現場提案の道筋が消滅し、これからさらに「えっ、そんなことまで」というなことでも、一つ一つ行政の指示を仰ぐ時代になりそうです。