「今日のこの国の平和と繁栄の礎となられた多くの尊い戦没者の御霊にお祈りいたしました・・・」
靖國神社にお参りする人の大抵が、このような感じのことを言います。
ところが、どうも、ここに来る多くの人が、今の憲法を変えよう変えようという類の人たちのような感じです。
何か矛盾を感じるのは私だけでしょうか?
靖國神社自体は明治の頃に建てられて、国のために殉じた方々をお祀りしているようで、なので国への反逆で死んだ人は祀られないようです。
ただ、第二次大戦の犠牲者が圧倒的であるので、この最後の戦争後から、″別の時計″が動き出しました・・・。
そのはじめが現在の「日本国憲法」制定の経緯と、その「絶対的平和主義」の扱いです。
今の憲法は「アメリカが押し付けたもの」だから変えよう・・・。
普通に考えると、靖國の「英霊」に祈ることと、平和国家の成立は、これは一体のものであると理解できます。
そして、その″新しい国体″が持つべき理念が平和主義であり、全国民、そして全世界に宣言の証として発布された「日本国憲法」であります。
これは、憲法前文からすべての条文を再読してみると、よく分かることです。
なので、私は靖國にお参りする人々の多くが改憲側にいることが理解できず、故に、一方その背後にあるものはよく理解出来、この矛盾こそが、主体的な理念の育たない国に低下してしまった最大の原因だと思えます。
現憲法が″押し付け″だからといいながら、その押し付けた相手に日本中に軍事基地を許している現実をみれば・・・
改憲が、当の押し付けた相手の都合であることが理解できます。
故に、靖國参拝者=愛国者と結びつければ・・・
悲しむのは英霊達であろうと・・・、しみじみと感じます。