対になっている言葉は五万とあります。
男と女
罪と罰 戦争と平和 善と悪 天使と悪魔 名誉と犯罪 白と黒 天と地 天国と地獄 精神と肉体 または魂と肉体 理想と現実 生と死 ・・・
きりがありません
共通していることは、すべて二項によって真実を語っていることでしょう。
そして、対となる事柄のどちらが先かということも意味がありそうです。
私はバイキンマンを先にしてみました。
物事の真実性や定義を確定するには、最初に否定要素が必要だからです。
なので、最初に″肯定要素″がある対語については、その肯定要素は″偽善″であると断定できます。
ものごとの価値判断は、そもそもあまり意味がありません。あらゆる判断基準が人間の都合でつくられているからです。
言葉の前後関係を見るとき、否定要素が優先されている言葉には正しい意味があると思えます。
バイキンマンがいないとアンパンマンの存在意味が無くなりますが、その反対はと考えればよく分かります。
実は、、、人類はこのことで、大昔から悩んできました。そして解決できないまま、いまだに迷走の現実から出られず、そしてこれからも迷走し続けます・・・。
ただ、この対語を正しく理解し、その用法を大切にして行くことに尽きるのだと思います。
″清濁併せ呑む″という表現があります。現在ではいろいろなところで、自己都合的に使われています。誤用も含めて、ともかく相反するものを大きな視点からとらえて、物事の正道を見据える・・・のような
2000年以上も前に、すでに二元論が確立していて、孔子やアリストテレスなどは「中庸」という考え方を述べていました。
現代でも政治の世界では「中道」という物差しが使われます。″中道左派″とか″中道右派″とか、、、
つまり、これは尤もらしい方法論であるのですが、人間世界の本質には行きつきません。中庸完結では対語が失われるからで、人間はそんな退屈にたえられない本質的生命体なのです。
俗な話しですが、、、
日本を含む世界を動かしている権力者達は、アンパンマンなのでしょうかバイキンマンなのでしょうか???