迷いの産物です。
夢中で過ごしてきてしまった年月の後に訪れる空虚な時間。
多くの人が味わう、そして今の時代、その数はどんどん増える。
定年を迎えることが、喜びではなくなってきているのでしょうか?
身体の衰えもさることながら、気持ちも段々下がって行きます。
“自助”という言葉がありましたが、これからは、社会が衰えていく自分を助けてはくれないから、自分でどうにかするしかないという意味です。
基本は貯金でしょう。他者に興味を持たない傾向にある日本人は投資が苦手なので、貯金しか方法がありません。
貯金できる人はまだ良いのですが、それが無い人は、これは苦しいです。
憲法第25条 生存権
生活保護受給がさらに増えることになります。
これに、大きな経済パニックでも起きればお終いかも知れません。
それにしても、そんなことばかり考えていると滅入って何も始まらないので、とにかく稼ぎのことは横において、職業を離脱した自分に何が残るのか考える必要があります。
要は、社会の中では自分だけの存在に意味はありません。観念的自己肯定は大切ですが、試行錯誤してでも、やはり何か関係性を維持できる行動を続けたいものです。
今の50代は、そんな「迷走の世代」なのだと思います。
私は小さな小屋の中で迷走しています。